Barnett Newmanと対峙

バーネットニューマン 立ちたさ

Barnett Newmanと対峙について

'95年より自然の中や様々な環境で行為をし、記録に取る活動と共に、美術家や音楽家などさまざまなアーティストとコラボレーションして作品を制作発表してきた伊宝田隆子が、アーティストとして最も影響を受けこの活動の原点になったともいえる Barnett Newman の絵画と、「立ちたさ」の行為をもって対峙しようという挑戦です。 世界各地にある Newman の作品を訪ね、その前で立つ行為をさせていただき、映像や写真で記録をとる。同時にこれまでの記録を作品として展示する展覧会を開催してまわるというツアーです。

数十分かかってようやく立った状態になり、身体の中に立つ垂線とNewmanの絵画が作り出す空間や時間、あのZipといわれる垂直線とがどう響くのか? 敬愛してやまないNewmanの絵画の前ではどんなプロセスをたどりどんな立ち方になるのか? アーティストとして対等な立場で対峙した時、互いに影響しあい拮抗していくことができるのならそこにはどんな世界が生まれるのか? 空間と空間、時間と時間が融和し、新たなひとつの作品として”場”が現れるのか? その場に“在る”ことができるのか? Newmanが言う「Sublime(崇高さ)」なるものを、ほとんどの人が日常的におこなっている“立つ”“立っている”ということ、“立っていく行為”にも感じとることができるのか?

「立ちたさ」について故・本江邦夫氏(元多摩美術大学教授)はNewmanの絵画に登場するzipと呼ばれる垂直線になりきるパフォーマンスであるとして、“本質的に公共的な「空間」に対して、「時間」こそは私的なものと断言し、その「身体的な感覚の働き」(the physical sensation)を強調したニューマンにとって伊宝田さんの土着的かつ身体的な身振りはその見事な具現化ではないか”と評価しています。

作品によって、また、国や場所によって対峙する身体にどのような変化があるのか? 各国の人々は Newmanの作品をどのように受け入れているのか? 「立ちたさ _」の行為に何を見るのか?

諸外国をまわり最後に大阪国立国際美術館に所蔵の「夜の女王 I 」(1951) の前で公開パフォーマンスをすることが目標です。 特に日本国内には Newman の作品が非常に少ない為、Newman のこと や作品をもっと一般の人々にも知って欲しいという思いから、自分が海外に出て行きコラボし、Newman をつれて帰って来るのだという気持ちでツアーをおこないます。

Barnett Newman について

Barnett Newman バーネット・ニューマン(1905-1970) アメリカの画家・彫刻家。抽象表現主義、カラーフィールド・ペインティングの代表的存在。New York 生まれ。
http://www.barnettnewman.org

なぜBarnett Newman なのか?

わたくしのアートは絵画から発し、現在では身体を使うものになっていながら、ダンスや舞踏とも異なりどこにも属しにくいアートです。
わたくしは絵画を勉強していた時から重力から切りはなされ、ただ垂直のみにありながら、広く深い空間・時間性をはらみ、みている人の心や感覚をぐるぐるかき回す、そんな絵画、平面作品に強いあこがれを持っています。わたくしにとってその最たるものがBarnett Newmanの絵画です。焦点も定まらず、その色に染まり、貧弱ながら立っている自分の身体と水平方向の視線をもって目の前の作品と、Newmanと、物理的、感覚的、そして精神的にひびきあえたという衝撃的な経験をしました。そのときからずっと、今でも常に自分の傍らにいる光のような尺度のような存在です。

2014年、充実した展覧会と公演を終えた後、“Newmanが背後にいるのですか?” “この活動の原点はそこにあるのでは?” と言う声がありました。もし今の自分が勇気を持って、より対等な立場で厳格にNewmanの作品と対峙するとしたら、この「立ちたさ_」の行為をもって以外に考えられません。次第に自分はBarnett Newmanと向き合う為にこの活動をしてきたのではないか、とまで思うようになりました。まさに、Newmanは私にとってこの活動のきっかけとなったともいえる偉大なアーティストなのです。
伊宝田隆子「立ちたさ_」展 2018(バーゼル市)ご挨拶文より抜粋

「立ちたさ」Barnett Newman と対峙 in ワシントンD.C.

シリーズ第3弾として2022年、アメリカ、ワシントンD.C.にあるNational Gallery of Artへ出向き、東館に常設展示されている Barnett Newmanの傑作“Stations of the Cross〈十字架の道行き〉”(1958-66)の展示室にて行為「立ちたさ」のパフォーマンスを行います。

アメリカ合衆国は抽象表現主義を生みだし、それを牽引したNewmanの出身国でもあります。

Newman 没後50周年の記念の年、2020年に実施予定でしたがCOVID-19の影響により延期されました。National Gallery of Art とは2019年よりやりとりを重ね、2020年1月に正式な許可がおりています。ここでのパフォーマンスの様子を映像と写真で記録をとります。

〈十字架の道行き〉という作品はほぼ同サイズ(190cm×152 cm)の絵画14点からなる連作で、全てがモノクロの面と縦線、筆のかすれたテクスチャーが少し、といったシンプルでストイックな絵画です。タイトルからは宗教色を感じますが、Newman本人はこの連作について“人間一人一人の苦悩の物語”、“答えのない叫び”、”あらゆる普通の人々にまつわる物語” *としているそうです。2020,2021年はまさにあらゆる個人個人に苦悩の物語があったのではないでしょうか?

また、偶然にも“station”の語源は“立つ”を意味するラテン語の動詞“stare”であり、この“立つ”はNewmanがタイトルに込めたメッセージの一部でもあるそうです。*

Newmanは“zip(垂直線)はフィールドを分割するものではなく絵画を統合するもの、全体性を生み出すもの” *だと言っています。展示室を囲む4面の大きな壁に順番に展示されている一点一点の絵画と太く繋がりながら、“Stations of the Cross”という空間と対峙できるのか? その連作にぐるりと囲まれた真ん中の位置で立つことにより空間の全体性を生み出せるのか?

アメリカの人々はここに何を見るのか、没後50年を経て、この普遍的な作品の今日的解釈への補助線になることができるのか、大変興味深い挑戦です。
*図録MIHO MUSEUM特別展(2015年)「バーネットニューマン:十字架の道行き-レマ・サバクタニ」より引用

これまでの対峙